「もっと簡単に援助を受けられる世の中に」

2021年6月24日、広島地方裁判所で始まった裁判。

被告人質問で、「当時を振り返ってどうしていたらよかったと思うか」と尋ねられると、哲也さんは「もっと方法はなかったか…。でも無かったと思う」と答えました。

弁護人が最終弁論を終えたあと、裁判官は村武さんに「最後に何か言いたいことはありますか」と問いました。

(哲也さん・裁判で)
「もっと簡単に介護の援助を受けられる、そんな世の中になったらいいなと思います」

逮捕からおよそ2か月後、哲也さんに判決が言い渡されました。

(裁判官)
「主文、被告人を懲役3年に処する。この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する」

これまでの証拠から、裁判官は、哲也さんが自らもがんを患って闘病生活を送りながら、体が不自由な亥聖子さんを献身的に介護していたことを認めました。

そのうえで、「亥聖子さんは次第に衰弱し精神的にも落ち込んで『死にたい』などと漏らすようになっていた。被告人は、介護の負担が増していくと同時に被告人自身の体力も低下し、状況の好転が見込めないなか、心身ともに限界を感じて犯行に及んだ。しかし、承諾があったとはいえ、人を殺害する行為は決して許されるものではない」と指摘しました。

一方で、裁判官は、犯行に至った経緯や動機については、「酌むべき点が多分にある」と、こう述べました。

(裁判官)
「介護支援専門員から亥聖子さんを施設に入所させることを提案されるなど、被告人の負担を軽減し得る選択肢もあったなか、自ら在宅介護を続けることを選び、結果的に本件犯行に至ってしまったことは悔やまれる。介護を続けたのも、妻の意思と、妻の面倒を最後まで見たいという被告人の思いによるものであり、強く非難はできない」

判決を言い渡した後、裁判官は、哲也さんに次のように声をかました。

(裁判官)
「村武さんは、別の罪を犯すことはないと思います。長いこと奥さんのために尽くしてきたと思いますが、これからは自分のことを第一に考え、体を大事に、心穏やかに過ごしてください。それでは、閉廷します」

裁判の関係者や傍聴席の私たちが立つと、哲也さんは、手で支えながらゆっくりと車いすから立ち上がり、「ありがとうございます」と言って一礼しました。

哲也さんが一通り傍聴席に目をやった後、拘置所の職員は車いすを押し、哲也さんを法廷から連れて出ていきました。

判決はそのまま確定し、哲也さんは入院しました。

しかし、事件の関係者によると、全身がガンにむしばまれていた哲也さんは、その年の秋に亡くなりました。