人権上の問題が国内外から指摘され、2年前、廃案となった入管法改正案が、ほぼ同じ内容で国会に提出され、審議入りした。出入国在留管理庁(入管庁)は関連資料を公表し、改正の必要性を説くが、実は自らに「不都合な事実」には触れていない。改正案に対する6つの大きな疑問から検証した。
(元TBSテレビ社会部長:神田和則)
入管法改正案とは?
まず、改正案の柱について整理しておきたい。
在留資格がないとして入管当局に摘発、収容された外国人は、大半が帰国しているが、送還に応じない人たちがいる。その数は21年末時点で3224人(22年末の速報値で4233人)、入管庁は「送還忌避者」と呼ぶ。
コロナ禍以前、入管施設に収容される人が増えて収容は長期化した。入管庁は「難民申請中は送還が一律停止になる現行法の規定があり、誤用、乱用されていることが理由」と主張、改正案には3回目以降の難民申請者を原則、送還可能にする規定を盛り込んだ。
また、難民条約の難民には当たらないが、ウクライナのように紛争から避難した人たちを保護するためとして、難民に準じた「補完的保護対象者認定制度」を導入する。
このほか収容する代わりに「監理人」の下で退去強制手続を進める「監理措置制度」を設ける。収容するか、「監理措置」とするかは個別に判断し、収容した場合は3カ月ごとに継続するか否かを検討する。一方、退去命令に従わない、「監理措置」の間に逃亡-などの場合、刑事罰を科す。
入管庁は、法案提出後に関連資料を公表し、改正案の中身や趣旨の説明を試みている。だが、この問題をずっと追ってきた目で見ると、本来、書かれるべきことが書かれていないことに気付く。
1.「送還忌避者」は犯罪者なのか?
改正案の発端は、入管に収容される人が増えて収容が長期化したことにあるが、これは東京五輪に向けて収容を強化した入管庁自らが招いた結果に他ならない。このことに各資料は触れていない。
次に「現行入管法の課題」と書かれた資料には「送還忌避者の実態」の項目があり、「前科を有する者」が全体の3分の1にあたる1133人と赤で示されている。いかにも「悪い人たち」を強調している。

ところが、どんな事案か検証しようにも具体的な手掛かりになる記述がない。入管庁は4年前、同種の資料でミスをした。「社会的耳目を集めた事例」として「神奈川県警警官殺人未遂事件」の概要を載せたが、殺人未遂は起訴すらされず、判決では公務執行妨害は無罪、銃刀法違反のみ執行猶予付き有罪だったことが、後に国会で指摘されて削除した。
今回は、犯罪件数2620件と数字だけが記載されている。罪種別では、入管法違反が504件とあるが、在留資格がない人たちなので当然多くなる。交通関係法令違反326件には「赤切符」の罰金が、刑法違反には未遂も含まれると見られる。「その他404件」は、まったくわからない。最多は薬物関係法令違反で、強盗・強盗致傷などもあるが、いずれも背景事情は不明だ。
見方を逆転させれば、最も少なく見ても3分の2の人は犯罪と無関係ということになる。
このほか「仮放免」の人たちの「逃亡事案が多発」にも違和感がある。
「仮放免」は病気などを理由に入管側が一時的に収容を解く措置だが、「(21年12月末時点で)収容者79人、仮放免者2546人、仮放免逃亡者599人(22年末速報値は約1400人)」と、これも数字だけを並べ「仮放免許可を柔軟に運用するなどし、大半の者は収容していない」のに、「逃亡し当局から手配中の者が年々増加」とある。
「柔軟に運用」というが、収容強化で進んできた方針を転換させた原因はコロナ禍だ。施設内での感染拡大を防ぐため、やむなくとった措置で、収束すれば再収容する構えを見せていた。そこは触れていない。
「逃亡事案」についても大事なことが欠けている。「仮放免」は働くことが禁止されるので生活費が稼げない。健康保険にも加入できず、生活保護も受けられない。いくら収容よりましと言っても、コロナ禍でどうやって生きていけというのか。逃亡を肯定するつもりはないが、生活苦や将来への絶望感と無関係には思えない。
名古屋入管収容中に死亡したスリランカ人女性の遺族が国に賠償を求めた裁判で、代理人を務める指宿昭一弁護士は指摘する。「『送還忌避者』は、入管庁が宣伝するような犯罪者の巣窟ではない。多くは難民申請者で、1割は未成年や子どもたちが占める。送還されると家族が分離されてしまう人たちもいる。帰るに帰れない事情がある。冷静に見なければならない」
2.保護すべき難民は保護されているのか?
「3回以上の難民申請者の送還を原則可能にする」。これが改正案の最大の狙いだ。
入管庁は、その理由として「難民かどうかの判断は適切にしているが、認められなかった人が一律送還停止の規定を乱用して居座る。だから収容が増えて長期化する」という。
「入管が見落とした難民を探して認定したいと思っているのに、ほとんどみつけることができない」。資料「現行入管法の課題」の「難民認定制度の現状」では、2年前の法案審議で参考人を務めた法務省の難民審査参与員の発言を引用し、主張を正当化している。

参与員とは、一度、難民不認定とされた人が不服を申し立てた“二次審査”に当たる学識経験者だ。しかし組織体ではない。全体を代表するような発言自体あり得ないが、入管庁は、意に沿わない他の参考人は無視して1人の意見だけを掲載した。
本当に難民認定の判断は、適切なのだろうか。
入管庁は先日、昨年の難民認定数を202人と公表した。前年を大きく上回ったものの不認定は1万人を超える。
今回の認定増には特別な事情があった。全体の7割はアフガニスタン人で、多くはタリバン政権を恐れて避難した日本大使館の現地職員とその家族が占める。全国難民弁護団連絡会議(全難連)によれば、当初、外務省は迫害の危険があるにもかかわらず帰国を強く勧め、中には帰った人もいたという。それでも残った人たちが集団で難民認定された。
2年前に軍事クーデターが起き、民主化を求める市民が弾圧されているミャンマー人は26人しか認められず、不認定は2000人近い。
カナダなど欧米では相当の高率で難民認定されているトルコ国籍のクルド人に至っては、1人だけ。それも裁判で入管庁の不認定処分が取り消された結果だ。
先日、国会で、欧米との認定率の差を問われた入管庁は「多くの難民が発生する地域と近接しているかなど、諸外国とは前提事情が異なっている」と答弁した。だが、カナダはクルド民族が居住する地域に近いわけではない。
今年3月、同性愛者への迫害を理由に難民申請したものの不認定となったウガンダ国籍の女性を、難民と認めるよう国に命じる判決が確定した。この女性は、難民審査参与員による“二次審査”で「何らの難民となる事由を包含していない」とされて口頭の意見陳述すら退けられていた。
難民を見落としているのは誰なのか。「祖国に帰されたら命が危ない」と何度も申請を繰り返すのは、難民として保護されるべき人が保護されていないからだ。
法案提出後の3月、入管庁は「難民該当性判断の手引き」を公表した。「判断する際に考慮すべきポイントを整理し、明確化した」としている。だが、これは8年も前に有識者会議が出した提言に、ようやく応えたものだ。
当時の有識者会議メンバーで全難連代表の渡辺彰悟弁護士は批判する。「手引きはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のハンドブックやガイドラインという国際基準を踏まえたものになっていない。迫害する側から個別に把握されなければ難民と認めないという、これまでの考えを改めるとは明らかにしていないし、難民の客観的証拠を持ち出せず逃げてきた人に対し“疑わしきは申請者の利益に”とする原則への言及すらない。改正案を通すためのエクスキューズに過ぎない」
3.国際機関の批判に答えているのか?
21年の改正案に対してUNHCRは、難民申請中の送還停止規定を変えることに「重大な懸念」を表明し、「難民条約で送還が禁止される国へ送還する可能性を高め、望ましくない」と指摘した。今年2月の記者会見で伊藤礼樹・駐日代表は、私の質問に「見解に変わりはない」と明言した。
2年前には、国連人権理事会の特別報告者と恣意的拘禁作業部会も「3回以上の難民申請者の送還は、生命や権利を脅かす高いリスクの可能性がある」「収容に司法審査(裁判所の関与)がない」「上限のない収容は拷問・虐待に当たる可能性がある」と述べて、「改正案は国際的な人権基準を満たさない」とする共同書簡を日本政府に送った。
22年11月には国連自由権規約委員会が日本政府に同様の意見を出し、「国際基準に基づいた包括的な庇護法」を早急に整える必要性を訴えている。
送還停止規定は、小泉政権時代の2002年、中国・瀋陽の日本総領事館に駆け込もうとした北朝鮮の5人が、領事館員の目の前で中国の武装警察によって連行される事件が契機になった。難民保護を求める声が高まり、04年の法改正で導入された。
日本は、今年12月にジュネーブで開かれる「第2回グローバル難民フォーラム」の共同議長国を務める。この会議は18年に国連総会で採択された難民保護の取り決め「グローバル・コンパクト」を基盤とし、難民を迫害の危険がある国に送還してはならないという「ノン・ルフールマン原則」を中心に据えている。国際機関からの指摘を無視し、最も重要な国際原則を踏まえない法改正を進める議長国とは一体、何なのか。
元難民審査参与員の阿部浩己・明治学院大教授(国際人権法)は語る。「難民調査官は極端に狭い解釈によって不認定を出し、それに不服を申し立てても、難民審査参与員は、難民認定についての研修すらないまま、それぞれの基準で判断をしてきた。手続きのあり方に重大な欠陥があるのに、3回目以降の申請者を送還してしまえば、難民条約に違反する事態を引き起こしかねない」