東日本大震災の翌日に最大震度6強を観測した長野県北部地震から12年。
長野県栄村では、震災で途絶えかけた村の特産品を次の世代へつなぐ取り組みが進んでいます。

栄村物産館『またたび』で店長の窪田博昭(くぼたひろあき)さんが発送の作業しているのは、店の看板商品、栄村産のトマトを使ったトマトジュースです。

(窪田店長)
「ダントツ一番多いですね。1か月で何十ケース」
村は3年前、トマトジュースをふるさと納税の返礼品に追加。
注文は年々増加し、今年度は全国各地に300ケース以上を発送、店全体では1年間で8000ケースを売上げました。

(窪田店長)
「地震後の方が多いですよね。栄村代表するお土産品なので」
栄村の野田沢(のたざわ)地区に住む宮川頼之(みやがわよりゆき)さん69歳。
村で唯一の加工用トマトの生産者で、物産館で人気のトマトジュースの原料は、全て宮川さんの農園で作られています。
先代から加工用トマトの生産を始めて60年以上。今は息子と共に、村の特産を支えています。
(宮川さん)
「この中で苗を作るんですよ」
種をまくのは、例年3月20日過ぎ。
12年前も、ちょうど苗床の準備をはじめる直前でした。

2011年3月12日未明、震度6強の揺れが栄村を襲いました。
宮川さんの自宅も大きな被害を受けました。
(宮川頼之(みやがわよりゆき)さん)
「寝ていて頭から沈みこむような感じで、バリバリ、ミシミシってもうダメかなと、一瞬」

家族は無事だったものの、自宅は半壊し、避難所暮らしを余儀なくされました。
(宮川さん)
「あの年も残雪が多くてまだ2メートルくらいあったと思うんですけど、雪が消えてみないと畑や田んぼの状態がわからなくて」
日常生活もままならない、震災10日後。
宮川さんの足は、ビニールハウスに向かっていました。
(宮川さん)
「やめようと思ったことは何度もあるんだけど、家が辞めちゃうと栄村のトマトジュースがなくなっちゃうんでね」
雪が解け、現れたのは、変わり果てたトマト畑の姿。
大きな地割れが起こり、土はこれまで経験したことがないくらい硬くしまっていました。
(宮川さん)
「先は見えなかったですよねでも挑戦していかないと」
必死に土を起こし、何とか作付けをしましたが、収量は例年の半分程度。
それでも数年かけ、畑を元の状態に戻しながら栄村のトマトジュースを途切れさせずに出荷し続けました。
その結果が、大きな変化を呼び起こします。
(宮川さん)
「震災後に人気が出てね。今は震災前の4~5倍は売れている」
震災をきっかけに、村の外から来たメディアやボランティアが、栄村のトマトジュースの味を絶賛。
報道や口コミで火が付き、村一番の人気商品になりました。
今年もまた、種まきの時期がやってきます。
(宮川さん)
「やりがいありますよね、大変だけれど。中学校のこどもたちも村の特産増やしたいって頑張っているみたいですよね」