アマゾン先住民の子どもたちの身体に異変が起きている。脳の異常、神経障害などの要因とみられているのは「水銀」。彼らの毛髪から高濃度の水銀が検出されていた。専門家からは日本の水俣病との類似性も指摘される。現地で何が起きているのか?
萩原 豊(解説・専門記者室長)(全2回のうち2回目/動画はこちら)

拡大を続ける金の違法採掘
アマゾン川の支流、タパジョス川を小型ボートで移動すると、川の中央付近に、不自然に停泊している船と遭遇した。金の違法採掘船だ。船との距離を縮めると、船の中から数人が出てきた。違法採掘の作業員とみられる。我々をスマートフォンで撮影する姿も見えた。
アマゾンには豊富な鉱物資源が眠る。そのひとつが「金」。業者の目的は、川底の土砂を掘り返し、金を浚うことにある。開発が法律で許可されていない特別な保護地域であり、金の採掘は、紛れもなく「違法」だ。
金の採掘過程で、大量の水銀が使用されていると指摘されている。金を含んだ土砂に水銀を混ぜると、一部に金が吸着する。この塊を熱して水銀を蒸発させると金だけを取り出すことができる。蒸発した水銀は大気中に放出される。また金が吸着しなかった大量の水銀は、そのまま川に捨てられるという。

この地域の金の採掘に、2年間で100トン以上もの水銀が使われた、との現地大学による推計もある。その水銀で汚染された魚を先住民が食べることで、水銀が身体に取り込まれているとみられている。
「魚に水銀が多く含まれているという事実を知った後でも、魚を食べるしかないのです。水銀については、とても心配しています」
ムンドゥルク族の母親たちは、魚に水銀が含まれていることを知っていた。それでも、食べざるを得ないと話す。
違法採掘業者が取材に応じた
アマゾンでの「金の違法採掘」は拡大を続けている。捜査当局による摘発もあるが、ごく一部に限られている。個人レベルのものから、大人数の作業員を抱える大きな組織もあるという。
なぜ違法採掘を続けるのか?先住民の健康被害を引き起こしている可能性のある水銀を今後も使い続けるのか?業者側を取材したいと考えた。だがリサーチは難航した。
取材交渉の過程で、ある違法採掘業者の代表から「取材に応じる」と返答があった。ただ現地では、開発に反対する環境活動家やジャーナリストらが殺害されており、事件には違法伐採や違法採掘、密漁の業者が関与しているとの見方もあり、脅迫や拉致などの可能性も想定しながら慎重に進めた。
待ち合わせに指定された場所は、住宅街にある瀟洒な一戸建てだった。約束の時刻に現れた採掘業者の代表という人物は、60代の男だった。肌に艶があり、その年齢には見えない。深めの黒革のソファに腰を下ろした。匿名を条件に1時間超のインタビューとなった。
「逮捕される不安はない。当局が逮捕に踏み切ることはほとんどない」
彼はこう断言した。捜査当局の消極的な姿勢を見透かしているようだ。さらに約5000ヘクタール、東京ドーム約1000個分という、桁違いに広大な面積で金の採掘を進めていることを明かした。違法業者で構成する団体が、採掘エリアを業者に割り当てているという。採掘現場の、いわば「縄張り」だ。数は明かさなかったが、相当数の作業員を雇って現場に送り込んでいると話した。
「何度も挑戦したが、一度も合法化できなかった。ここは、みんな違法で働いている」「なぜ、私たちの活動は違法と見なされ、犯罪者扱いされるのか」
金の採掘に関わって30年以上になるという。これまでに合法化の申請を政府や自治体に何度か出したが、開発許可が出なかった、と主張した。捜査当局が、採掘用のショベルカーなどの機械を破壊することに憤っていた。少なくとも、開発に向けた話し合いの場を設けるべきだと訴えた。そうした説明を聞いたうえで、最も重要な質問を投げかけた。
−−水銀は先住民の子どもに健康被害をもたらしていると指摘されている。それでも水銀の使用を続けますか?
「水銀は使ってはいるが、外部に流さないような仕組みにしている」
「だから、環境は破壊していない」
金の抽出過程で排出される、水銀を含んだ煙は、水に触れると水銀に戻る。これを再利用するため、出てきた水銀を川に流すことはない、また川の周辺では水銀を使ったことはないなどと主張した。納得できないという表情を私が浮かべていたのだろう、先方から、こんな提案があった。
「金の採掘業者に対するイメージを変えてもらうには、現場を見てほしいと思う。私がしゃべっても疑わしいと考えるだろうから」
自らが管理する「違法採掘現場」を撮影させるという。