1600年代に移築されていた世持橋

「ここは蓮小堀リングムイという池があったといわれている。その池にたぶん、慈恩寺というお寺があって、そこに架かっていた橋が慈恩寺橋じおんじばし」

1700年代に首里王府が編さんした「琉球国由来記」で世持橋の項目を見ると、慈恩寺橋をこの場所に移して架けた、と記載があります。

世持橋には移築して名前を改めた歴史が

1456年に建てられた慈恩寺橋は、1661年に龍潭へ移され、名も世持橋と改められた橋だったのです。

「(世持橋の)勾欄の羽目の意匠に水に関わる、魚・オシドリ・エビ・カニが選ばれているのは、この池にかかる橋だったからじゃないかと考えられます」

戦災での消失から81年の時を経て、再び姿を現した世持橋。王国時代から親しまれてきた “首里城を望む特等席” が、現代によみがえりました。

戦前の世持橋で撮られた写真

「(昔の)写真に世持橋は撮られていますけど、世持橋を背景にして、首里城が見えます。昔の沖縄撮影スポットだったと思うんですよね。本当に見事な復元になったなと思う」「これが古琉球の石彫刻の最高水準の世界なので、それも併せてしっかり見てほしい」

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