「やめてよとなると思う」――法廷での涙と残された社会への問い

裁判の終盤、検察官とのやり取りの中で母親が泣き崩れた場面があった。

検察官:「ゆうなちゃんの立場から考えるとどうだろうね。食料品もあるでしょ、冷凍庫。ゆうなちゃんはどう思うだろうか?」
母親:「やめてよとなると思う……。まったく自分のことしか考えられなかった」
検察官:「今、ゆうなちゃんになにか言いたいことありますか?」
母親:「ごめんね、ごめんなさい……」

死体遺棄という罪は決して許されるものではない。しかし、「ずっと一緒にいたかった」という母親の身勝手な願いの裏側には、DV、精神疾患、薬物依存、そして機能しなかった行政支援という、現代社会が抱える病理が複雑に絡み合っている。

母親は法廷で「田舎の方が病気も治るだろうと。(薬物依存からの回復を目指す)ダルクに行ってみようと思います」と、再出発への小さな希望を口にし、「ちゃんと社会に戻れるような人間になるために頑張ります」と誓った。

冷たい冷凍庫の中に我が子を隠すしかなかった母親を、今度こそ社会は孤立から救い出し、更生への道を支えることができるのだろうか。

私たちが本当に目を向けるべきは、遺体が隠されていた冷凍庫だけでなく、母親の人生そのものを孤立させていた「見えない密室」の存在なのかもしれない。
(MBS大阪司法担当 柳瀬良太)