原爆ドームが抱える課題

原爆ドームは、1996年に世界遺産となり、海外からも多くの人が訪れますが、懸念もあります。

村上正晃さん「原爆ドームがなぜ残ったのかをちゃんと理解しておかないと、ここはどんどん観光地に変わる。原爆ドームの前ではしゃいで写真を撮って終わり。そういう方も多くいます」

実は村上さん、宮城県ともつながりがあります。

2017年、平和を考える催しに参加する村上さんです。このとき、身内に被爆者がいない中、語り部を続けてよいのか葛藤を抱えていました。

相談にのってくれたのが宮城県に住む被爆者、木村緋沙子さんでした。

村上正晃さん「自分は距離をとってきたところがあって、どこまで踏み込んだらいいのかとか来る人に感情的になりすぎてもなかなか伝わらない。自分で事実でガイドをやってきて、でもこうやって直接聞くと、そういうのも大事にしたいなあって」

木村緋紗子さん「私はここにきて感動した。若い子たちが伝えてくれるのはすごい」

村上さんは原爆ドームを案内するとき、石巻市の大川小学校の話もするようにしています。

村上正晃さん「戦争と災害は違うという方はいるかもしれませんが、校舎を残すか、壊すかの議論があったんです。これを残して二度と繰り返されないように変えていこう、そういう理由で大川小も原爆ドームも、同じような理由で残されることになった」

村上正晃さん「身近な話として東日本大震災や大川小のことは伝わりやすい、わかってもらいやすいのではないかと思う。いろんな人の心の中に東日本大震災は残っているのでそれ自体を忘れてほしくないなという思いも込めて伝えている」

只野さん、今後の活動について思いを新たにしていました。

只野哲也さん「(大川小は)単に過去に地震があって、津波がきて多くの人が亡くなった場所、で終わっている。どういう場所であってほしいのか、次の世代の人たちがもっとここをどう変えていくのか話ができるような大川にしていきたい」