「外国語で話すな」見えない心の戦争

「テロとの戦い」は、人の心に壁を作った。テロ後に取材で旅客機に乗り込むと隣は白い上下の服を着こんだ中東出身とおぼしき人。

時おり、お祈りのようなポーズをとる。差別するわけではないが、気になって機内では一睡もできなかった。しかし郊外の自宅から電車に乗ってマンハッタンに通勤するときは立場が逆転した。

当時のアメリカは電車内でのケータイ電話の使用はおかまいなし。ニューヨークと日本の時差は、ちょうど昼夜が逆転する。

日本時間の深夜に放送されるNEWS23は現地では午前10時台だった。朝の通勤電車内に東京から中継内容を打ち合わせる電話が頻繁に入る。車掌に呼び出された。

「まわりのみんなが不安になっている。外国語で話すな」

排他的といえばそうだが、コロナ禍の初期のころ、感染率の高い地域から来た県外ナンバーの乗用車をにらみつけはしなかったか。首都圏から里帰りした学生、単身赴任者を常識がないと決めつけなかったか。

命の恐怖は、群れの生き物としての人間の本能をかきたてるのかもしれない。戦争はそれを際立たせる。