目立ちたがり屋で人を笑わせるのが好き!結成したお笑いコンビは…

おしゃべりで落ち着きのない子どもだったという三上さん。目立ちたがり屋な部分は、父親ゆずりだ。

※三上陽永さん
「バンドマンだったんすよ、うちの親父。『青森のベートーヴェン』と言われてエレキギターをやっていたらしくて。ちょっと目立ちたい父と、目立ちたくないけどおしゃべりな母の血が混じっている気がしますね」

お笑い芸人が好きで、クラスメイトを笑わせるために小学6年生の時に友人とお笑いコンビ『インド兄弟』を結成。将来の夢も芸人になった。

※三上陽永さん
「志村けんさんが大好きで友だちになったやつがいて、その子と小学校6年生の時にお笑いコンビ『インド兄弟』を結成しました」

コンビのコントは、『ピンクレディー』の名曲『UFO』のイントロと振付で始まり、『UFO』という歌詞は『インド』だったという。

『インド兄弟』の当時のコントを真似てみせる三上さん

しかし、高校生になると『インド兄弟』は消滅し、三上さんは剣道一直線になった。

※三上陽永さん
「自分が小学生の時に通っていた道場のスター的存在の選手に、中学生の時に『青森高校で剣道をやらないか?』と言われて、それが嬉しすぎて、僕、青森高校を目指したんですよ。インドから剣道に離れてしまって…」

青森高校を卒業後は大学進学で上京。芸能界への憧れから、1人でもできる俳優を目指した。しかし、“社会の恐ろしい部分”を経験して考えを改め、大学の演劇研究会で俳優と演出・脚本を学ぶことにした。

※三上陽永さん
「東京・下北沢の演劇を見た時に結構おもしろかったんですよね。だから『芸人じゃなくても、人を笑わせることができるんだ。よし、俺は大学の演劇研究会でちゃんと演劇を勉強しよう』と思いました。大学の演劇研究会には結構お世話になりましたね」

大学卒業後は、鳴かず飛ばずの俳優人生だったが、辞める決断寸前で受けたオーディションに合格した。

これを機に、そのまま演劇の道を突き進むことになる。