言葉を失った被災現場

九州大学病院 救命救急センター 松永俊太郎 助教
「もう現場は見たことないような現場だったので。あぜんとしたというか、言葉が出ないような印象でした」
九州大学病院、救命救急センターの松永医師です。
災害派遣医療チーム=DMATの一員として熊本地震の被災地に入ったのは、発生翌日の午前4時ごろ。

爆発事故が起きた熊本県嘉島町のイオンモール熊本で医療支援に携わりました。
九州大学病院 救命救急センター 松永俊太郎 助教
「中に入っているその自衛隊とかの方々もいると思うんですけど、2次災害、その余震が来て、崩れたりしたときに傷病者が増えるわけですよね。そういった方々が発生したときに、迅速にいろんな病院を手配できるように準備をしておくのが、非常に僕の中では大事な仕事のひとつだったんじゃないかなとは思ってます」
「死亡確認」という厳しい現実

幸い2次災害は起きなかったものの、この現場では7人が犠牲に。
松永医師が直面したのは、救助された人の死亡確認という厳しい現実でした。
九州大学病院 救命救急センター 松永俊太郎 助教
「救助者が2人ほど出てきたんですけど、ちょっと残念ながらお看取りという形で対応させて頂きました」














