「タイパ・コスパ」では測れないお盆の価値
火を焚いたり、飾り付けをしたり、先祖のための食事を作ったりと、お盆には細々とした準備が必要であり、現代人にとっては「面倒」なことが多い。そのため、今やお盆は実質夏休みとなっている。しかし、加藤代表はこの「面倒なこと」の中にこそ大事な意味があると言う。
準備を通じて家族が一体となって作業をしたり、親族が久々に集まったり、地域の人同士が助け合って盆踊りやお神輿、お囃子の稽古などを行ったり。そんなことが家族の絆やコミュニティのつながり、そして子どもたちにマナーやファミリーヒストリーを伝える機会になってきた。京都の祇園祭などはその典型で、7月に入るとあちこちでお囃子の稽古の音が聞こえてくる。
「絆」「ウェルビーイング」「インクルーシブ」「誰も取り残さない」といった言葉が頻繁に使われるが、その背景には孤立や孤独、うつ、引きこもりといった現代の問題や、都会への人口流出による過疎化がある。
お盆の「面倒な」準備や行事は、これらの問題に対する防波堤として、また生きるための知恵として機能していた。
最近、「タイパ(タイムパフォーマンス)」や「コスパ(コストパフォーマンス)」といった言葉が飛び交っている。しかし、行楽地での渋滞や長い列を考えると、長い目で見れば、家族や地域で一緒に行事を行うことのほうが、実は高い「パフォーマンス」を持っていると言えないだろうか。
地域で子どもたちが伝統に触れることは「うちの町はいいな」という感覚を育み、ひいては震災や大雨といった災害時に不可欠なコミュニティの力や助け合いの精神に繋がる。それが過疎化を防ぐことにもつながるかもしれない。日頃からの家族や地域のつながりがいざというときの安全、安心をもたらすのだ。














