99年前、旧日本海軍の軍艦同士が衝突。その後亡くなった人を含め120人が殉職する「美保関沖事件」があった8月24日。境港市で追悼式が開かれました。

境港市内の慰霊塔前で開かれた追悼参拝式は、地元有志らでつくる慰霊の会が毎年開催していて、今年は関係者らおよそ80人が参加しました。

1927年、昭和2年の8月24日、旧日本海軍が美保関沖の日本海で夜間、無灯火の魚雷戦訓練を行ったところ、軍艦同士が相次ぎ衝突して駆逐艦1隻が爆発、沈没、1隻が大破する大事故になりました。

第1次世界大戦後の国際軍縮条約で、海軍力が制限された旧日本海軍が数の劣勢を猛訓練で挽回しようとしたためです。

慰霊塔顕彰護持会・菊地英夫 会長
「今考えますと無謀な訓練といわれても仕方がない位の訓練で、この大事故が起きたと。精神主義が先に立ってしまってですね。そういう暴走を止めるには、やっぱり世論の力ってのはものすごく大きいと思うんですよね(だから継承したい)」

境港市・伊達憲太郎 市長
「世界中の全ての人々がいっそうの平和と繁栄を享受できるよう全力を尽くすことを固く誓うものであります」

式では境港市の伊達憲太郎市長らが、平和の尊さを伝えて行きたいと挨拶しました。

中学生
「戦争とか事故とかで亡くなった人々の安らかに眠って欲しいという思い」

また、地元の中学生を含む参列者が慰霊塔に花を供えて亡くなった人たちの霊を慰めました。