目を大きく見開き、舌を出した迫力ある形相。これは会津地方に古くから伝わる伝統工芸品「会津唐人凧」です。魔除けや運気上昇のご利益があるとされ、人々に親しまれてきました。しかし、作り手の高齢化で工房が減っていく中、また一つ、その伝統の灯火が消えようとしています。

創業400年、老舗に訪れた転機

会津若松市にある「竹藤」は、江戸時代から続く会津最古の町屋です。創業およそ400年、記録によれば少なくとも1807年には竹問屋を営んでいたとされます。

現在、店主の笠間和歌子さんが母の洋子さんと共にこの店を切り盛りしています。

もともと竹問屋だった竹藤が会津唐人凧作りを始めたのは、和歌子さんの父で14代目の英夫さんの代でした。昭和に入り、竹問屋の商売が成り立たなくなった頃、英夫さんの竹を割る技術を見込んだ人々から「ぜひ作ってみないか」と声がかかったのがきっかけでした。

幕末の戊辰戦争では、味方を鼓舞するために揚げられたという歴史を持つ会津唐人凧。会津地方は風が弱いため、空に揚げるには軽く作る必要があり、骨を細くするには相当な技術が求められます。英夫さんは長年にわたり、刀身を切った日本刀を愛用しながらその伝統を守り続けましたが、今年2月、88歳でこの世を去りました。

後継者不在の壁と新たな活路

英夫さんが亡くなったことで、唐人凧を作る技術を受け継ぐ人がいなくなってしまいました。和歌子さんは「代とすれば私が15代目になるんですけど、ただ私は嫁いだ身なので15代目にはなれない」と語ります。後継者がいないという現実は、このお店の歴史が終わってしまうかもしれないという危機感をもたらしました。

父が残した竹や絵を元に、和歌子さんと洋子さんは製作を試みますが、伝統をつなぐことの難しさに直面します。さらに、時代の変化も大きな壁となりました。唐人凧のことを知らない人も多く、「誰がそんなの欲しいの、みたいな感じのことを結構何人かに言われました」と和歌子さんは振り返ります。

失われつつある文化をどうにかして伝えたい。そう考えた和歌子さんは、別の形で唐人凧を広めることを決意します。「凧があったっていうこと自体が忘れられているので、もう別な形として、グッズっていう形にしたらもっと唐人凧を知ってもらえるのかな」。

グッズ化で広がる認知の輪

和歌子さんは、会津の郷土玩具「赤べこ」と唐人凧を組み合わせたキーホルダーなどのグッズを開発し、先月から販売を開始しました。すると、この試みが思わぬ反響を呼びます。

購入客からは「素敵だったので買わせていただきました。手に取りやすいですよね。やっぱり大きかったら飾るとことか考えますけど」と好評です。さらに、「新たに販売させてくださいっていう店もちょっと出てきて、販売店も増えた」と言い、販売数は以前の3倍ほどに増えました。

1つの店だけでなく、店と店が連携し、地域の伝統をつないでいく。この新しい取り組みを通じて、和歌子さんは未来への希望を見出しています。「まずはより多くの人に唐人凧を知ってもらって、これを残していきたいっていう人につながっていければなっていうふうに思っています」。

和歌子さんは今後も協力店を募りながら、会津唐人凧という大切な文化を未来へつないでいきます。

『ステップ』 
福島県内にて月~金曜日 夕方6時15分~放送中
(2026年8月21日放送回より)