「敵も味方も命は一緒」父の忘れられない言葉
そんな中で、敵兵の供養を始めた父親に疑問をぶつけたと言います。
(地蔵院 耕野一仁さん)
「村で36名が亡くなっているので『村の人の感情が悪くならないか』と言ったら、『ばか言うな、敵も味方も命は一緒やないか』と言ったことは今でも忘れられない」

父・一弘さんは地元の戦没者とともに、亡くなるまで50年近くアメリカ兵の供養を続けました。
(地蔵院 耕野一仁さん)
「父の思いを引き継がないといけないという思いで手を合わしていたが、表に出して供養するという気持ちにはならなかった」















