「自らの意思で残った」届かない残留婦人たちへの支援

「日本に帰りたい」。しかし、1953年の「集団引き揚げ」では、当時の国籍法により「中国人男性との間にできた子どもは連れて帰れない」と言われ、あきらめました。

佐藤千代さん
「子どもを捨てろっていうんだよ。子ども殺してから帰るなんて、そんな親がいるかい」

その後、日本政府は終戦当時12歳以下の「中国残留孤児」については、肉親捜しなど、支援をはじめます。

一方、13歳以上だった「残留婦人」たちは肉親捜しの対象外とされるなど、支援は限定的でした。「自らの意思で中国に残った」とされたのです。