
「長良」と運命を共にした、高知出身の艦長・中原義一郎
軍人の名は、海軍中将の中原義一郎。明治33年=1900年に、現在の香美市物部町で生まれました。その後は京都の中学校に進学したため、高知で暮らした期間はあまり長くありませんが、香美市にある「殉国の碑」には、しっかりとその名前が刻まれています。
中原艦長は海軍に入った後、駆逐艦の艦長などを歴任しました。そして1944年5月に「長良」の艦長となり、その年の8月、アメリカ軍の潜水艦の攻撃を受け熊本・天草沖に沈みました(没後に2階級特進し海軍中将に)。
その中原艦長の“最期”の様子を、知っている人がいました。長年にわたって慰霊を続け、天草市牛深町にある「軍艦長良記念館」の立ち上げにも携わった、福本壮一さんです。














