戦時中、資源を補うために強制的に行われた「金属供出」。長野県でも日用品などや寺の鐘までもが集められ、戦争のための道具になりました。その痕跡を訪ねました。

矢島信之さん:「この像が、今は石像になってますけども、かつては銅像であったわけですね」
薪を背負い、本を読む二宮金次郎。

伊那市の美篶(みすず)小学校に立つこの石像は、87年前の建立当初は銅像でした。

矢島信之さん:「昭和14年12月、寄贈者・畑保雄さん。自分の育った美篶の子どもたちのことを思って、この銅像を贈ってくれたわけだよ」
“子どもたちの教育の模範に”と、地元出身の男性から寄贈された銅像。

矢島信之さん:「ここに(昭和)17年の卒業の時にはまだあったからね。だから、18年ごろこれが出て行ったんじゃないか。金属供出ということがあったから出さざるを得ないと」















