ボートに「爆薬」を積んで敵艦へ…
それが小型ボートに爆薬を積み、敵艦に突っ込む「震洋」「マルレ」だった。
海軍が開発し使用していたのが「震洋」、陸軍のそれが「マルレ」。

250キロの爆薬を積んで走るためスピードが出ず、むしろ敵の標的にされ集中砲火を浴び、戦禍は殆どあげられなかったという。震洋の犠牲者は2500人、マルレは1800人に上ったとも言われている。
その搭乗員だった男性は馬鹿げた作戦だったと振り返りつつも、「自分たちは飛行機乗りにもなれなかった」と当時の無念を口にしていたのが印象的だった。
ただ、戦況が著しく悪化し、日本で鉄も燃料も調達できなくなると、日本軍は人間を人間と見ない殺人兵器を作り出した。それが人間機雷、「伏龍」だった。














