
2025年には、語り部として講話するため、「長崎被爆者手帳友の会」の代表として3度目の渡米をしました。原爆が開発されたロスアラモス研究所や、太平洋戦争始まりの地であるパールハーバーを訪れ、現地の人々と交流する中で、転機が訪れます。

真珠湾攻撃の追悼式典に出席していたドリンダさんとの出会いです。
渡米を重ねても、心のどこかに「原爆を落とした国」「敵国」というアメリカへの思いが消えなかったという本村さん。そこで、ドリンダさんに尋ねました。
「真珠湾攻撃を行った日本に対して、恨んではいないか」
すると、ドリンダさんから返ってきたのは、思いがけない言葉でした。
「とんでもない、私たちの国はもっとあなたたちを苦しめたじゃない」
この言葉を聞いたときの心境について、本村さんは、「80年間抱えてきた恨みがすっと消えた」と振り返ります。
異なる立場の人とも、対話を重ねることで分かり合うことができる。この経験から本村さんは、「対話こそ平和への第一歩」という思いを強くしました。














