「恨んではいないか」―80年間の思いが「すっと消えた」瞬間

被爆当時6歳だった本村チヨ子さんは、1945年8月9日、当時の福田村小江郷、現在の長崎市小江町の自宅の縁側で被爆しました。

鋭い閃光のあと、爆風で庭先に叩きつけられた本村さん。土間で昼食の支度をしていた祖母が、とっさに本村さんに覆いかぶさりました。祖母が身を挺して守ったことで、本村さんは擦り傷程度で済みました。
一方、背中にガラス片や障子の桟などが突き刺さった祖母は、翌年3月、一度も仰向けになることなく、50歳で息を引き取りました。
「おまえがそこにおらんやったら……」
親戚からかけられた心ない言葉。そして、祖母の命と引き換えに自分の命があるという負い目から、本村さんは50年以上、被爆体験について口を閉ざしてきました。
そんな本村さんの背中を押したのが、沖縄での平和学習から帰宅した孫の言葉でした。

「ばぁば。平和は祈るものじゃない、守るものなんだよ」
この言葉をきっかけに、本村さんは2008年から平和活動を始めました。














