“早稲田のプリンス伝説“の真実を本人が告白

<インタビュアー林修>では、そんな堺のルーツにも迫った。

高校時代、自作の脚本が九州高等学校演劇コンクールで創作脚本賞を受賞するなど早くから才能を発揮していた堺は1992年、早稲田大学に進学。有名脚本家や劇団、俳優を輩出し続ける、伝統ある“劇研”こと演劇研究会に所属し“早稲田のプリンス”と呼ばれた。

当時の堺をよく知るのが、劇研の1年先輩だったゴスペラーズ・村上てつや。リモートで登場した村上は、堺が劇研に所属して初めて出演した“新人試演会”での“15分間ひとり芝居”を振り返り、「すごかったです。劇場を圧倒的な存在感で支配したのを覚えてます」と証言した。

そんな堺は今や、現役生たちの間で伝説化しているそう。現役生が語った“堺雅人伝説”として「1年生の頃から役者扱いのVIP待遇だった」というエピソードが紹介されると、聞いていた堺は「劇研はスタッフワークもできないと一人前に扱われない。僕は、何一つできなかったんです、不器用で。何をやってもダメだから先輩が『お前は役者だな』って半分あきれ顔で。本当に肩身が狭かったです」と“真実”を打ち明けた。

そんな経験からか、現在も撮影現場では進んでスタッフワークを手伝っている。番組で「VIVANT」スタッフからの「堺さんは撮影のことを熟知しているので、助監督的な動きも手伝ってくれる」というエピソードが紹介されると「皆さんあっての役者なので」「僕個人は入れものみたいなものなので。衣装、髪型を作ってくださってメイクしてくださって照明を当ててくださっているから役者をやれているので。それ以外はなんてことないなぁと思いながら」と謙虚に語った。