かつては「寒さの夏」に悩まされた東北

昭和初期にかけて活躍した岩手出身の詩人・童話作家の宮沢賢治の作品「雨ニモマケズ」に、「寒さの夏はおろおろ歩き」という一節があります。猛暑続きの近年からすると「寒さの夏」というのは想像しにくいかもしれませんが、コメどころである東北地方はかつてたびたび夏の冷害に悩まされてきました。宮沢賢治の死後60年が経った1993年は記録的な冷夏となり、コメは戦後一番の大凶作となってタイなど海外から輸入する事態となりました。

1993年、宮城県内の水稲の作況指数は戦後最悪の37となった

東北の太平洋側を中心にこうした冷夏をもたらしてきたのが「やませ」と呼ばれる、オホーツク海高気圧から吹き出す冷たい北東の風です。東北太平洋側では奥羽山脈を背にして立った時に正面から吹いてくることから、「山・背」でこのような名前になったという説があります。1993年の10年後の2003年も7月を中心に「やませ」の影響を強く受け、仙台では7月22日から5日間連続で最高気温が20℃に届かないという、今では考えられないような肌寒さが続きました。

2003年7月17日の天気図(気象庁HPより)を一部加工したもの。この年はこのあともオホーツク海高気圧の張り出しが続き、東北地方は梅雨明けが特定できなかった