忘れられない裁判でのやり取り
亡くなった女性は、歯科医師を目指していました。この日は受験のために県外から、郡山市を訪れていました。
母親「本当にまじめでコツコツと努力して、だけど意外と人をまとめたりすることもできて、とにかく本当に歯科医師になるために一生懸命勉強して」

池田受刑者は、飲酒運転で赤信号を無視し、時速70キロの速さで交差点に進入しました。この裁判では、「過失運転」よりも量刑が重い、「危険運転」の適用範囲について「信号をことさらに無視したか」が争点となりました。一方、池田受刑者の事故後の呼気検査の結果や歩行状態から、飲酒運転に関しては、「危険運転」の適用について争われませんでした。
母親は、飲酒運転の危険性とその罰則の軽さを指摘します。
母親「あんなスピードを出して4か所も信号無視したという無謀な運転が、やっぱり飲酒によって気が大きくなってたからだと思うんですけれど、そうではないと言うのだったら殺人罪ですよね。分かっていてスピードを出して、4か所も信号無視すれば明らかに殺人行為じゃないですか。飲酒運転の罰則がそもそも軽いですよね。飲酒で死亡事故を起こしても10年経ったら免許をとれるとか、呼気で測った場合、測り方によって全然アルコール濃度も変わってきますし」
事故の後、家族のもとに、警察から当時女性が身に着けていた衣類が届きました。大切な娘を突然失った母親は、裁判でのあるやり取りが頭に残っているといいます。

母親「意見陳述をしたのですが、それを聞いた後に池田被告が言った言葉が『そんなにとは思わなかった』と言った。それがいまになってすごく蘇ってきて、そんなにはって、そんなにひどいことをしたとは思ってなかったのか、親の娘への思いがそんなにあると思っていなかったとか、そういうことだと思うんですけれど、それを思い返すと改めて池田怜平被告への憎しみというか、これだけのことをしていてもやっぱり反省していないし、ご身内の方からの謝罪も手紙もいまだ何一つないんですけれど、結局何も反省してないんだなと思った」














