転機となった恩師との出会い、1年間コートに立ち続けた覚悟

どん底にいたアタッカーはいかにして這い上がったのか。転機は、ある人物との出会いだった。

日本代表の舞台に立てず、苦悩を味わった佐藤が自らを鍛え直す場所に選んだのは、国内屈指の強豪「NECレッドロケッツ川崎」だった。佐藤は「選手の経験値が高い選手が多いというのがあって。他のチームにいったら試合には出られるかもしれないけど、成長できるかと考えたときに、NECに入って周りから教えてもらうことで成長したい」とその理由を語る。

そこで、覚醒の鍵を握る人物が待っていた。当時の監督・金子隆行である。金子は入団当初の佐藤について「ああいうふうに豪快さはあるんですけど、内面的には弱い部分もたくさんあったので、そこが強化されれば良い選手になる」と見抜いていた。

自信を失い、傷ついた佐藤に、金子は試練を課した。 「日本のエースになってもらいたいというのはあったので、良い時も悪い時も体がしんどかろうがコートに立ってパフォーマンスを見せ続ける責任を感じてほしくて、1年間とにかくコートに立たせた」

1年目の序盤は決定率の波が激しく、結果が出ない日もあった。それでも金子は、佐藤に自信を取り戻させるため、どんな状況であろうと使い続けた。「1年目は身体もしんどかったと思う。ファイナルも含めたら50試合以上戦い抜いてくれたので、そこでいいも悪いも全て感じたと思う」と金子は振り返る。

指揮官の覚悟に、佐藤も応え始めた。公式戦全51試合に出場し、日本人最多得点の活躍で最優秀新人賞を獲得したのだ。

佐藤は「すごく長いリーグで辛い時期もあったんですけど、毎試合出していただいて、自分の中で毎回課題を見つけて成長を求めてできて、結果個人賞もいただけて、成長できて良いシーズンだった」と手応えを語る。

名実ともにチームのエースとなった佐藤の成長を、NEC入団当時から共に見守ってきたのが、日本代表の先輩でもある古賀紗理那だ。エースの重圧を誰よりも知る古賀は、こう語る。

「金子さんがずっと試合に出し続けたからここまで成長できたと思うので、監督とかスタッフが淑乃に見切りつけて代えるとかしてたら、ここまでなってない。頑張ったと思いますよ。淑乃に伝えたいのは、1年目とか関係なくこのSVリーグで1番成長したの、他のチーム含めて、絶対淑乃だと思ってるから。でもそれってずっと試合に出続けたから成長できたところもあると思うし、それに応えようと淑乃がプレーし続けたから成長できた、気づけたこともいっぱいあったと思うから、それは自信にしていい」