"氷点下20から30度が何日も続く、それが北朝鮮の冬です"

拉致被害者 曽我ひとみさん(2026年7月3日・札幌市西区)

拉致された後、結婚し子供が生まれました。生活は大変苦しかったのですが、自分が1人じゃなくなったことがとても嬉しかったです。

子育ては全くの自己流でしたが、特に大きな病気もなく、すくすくと成長してくれました。子供の学校行事に参加できなかったことだけが、1番残念だと思うことです。入学式、運動会、文化祭、卒業式…遠くから見ることもできませんでした。

そんな状況でも子供たちは元気に学校に通ってくれたので、その姿を見るだけで嬉しかったです。

ただ冬の登校は別問題です。とにかく寒いのです。寒さが肌に突き刺さるよう、と表現した方が分かりやすいかもしれません。氷点下20から30度が何日も続く北朝鮮の日々は、帰国後24年が経った今の私が「再度経験しろ」と言われたら速攻でお断りするほど過酷なものです。

そんな厳しい冬なのに、発電技術が未熟であること、重油などの燃料が不足しており、しばしば電気が止まったりするのです。

お風呂も入れないからどうにかお湯を沸かして体を拭くのですが、早くしないとあっという間に冷水になってしまいます。眠くても寒すぎて眠れないのです。そんな時はそれぞれが着れるだけのセーターや防寒具を身につけ、靴下を何枚も重ねて履いて1つに固まって寝るのです。

スイッチ1つで冷暖房が使い放題なんて、北の住民からすればそれこそ日本は天国なのではないかと思うほどでしょう。