「念願が叶いました」初めての北海道で語り始めた

2026年7月3日金曜日。昼間にもかかわらず、札幌の会場には大勢の聴衆が集まっていました。演台に立った曽我ひとみさん(67)は、紫のジャケットに白いブラウス、胸元には青いリボンのピンをつけ、手元に書いてきた原稿を持っていました。

「本日は、平日にもかかわらずたくさんの方がこの会場に足を運んでいただき、心より感謝を申し上げます」

そう静かに語り始めた曽我さんは、「生まれて初めて北海道に来ました。一度行ってみたいなとずっと思っていたのですが、念願が叶いました」と微笑みました。

穏やかな言葉の裏に、この講演にかける思いの重さがにじんでいました。

「話がとても下手でございまして」と前置きをしながら、「書いてきたものを読ませていただきたいと思います」と述べた曽我さん。

しかし彼女の言葉は一つひとつ、会場に静かに、そして確かに届いていきました。

《全3話中の2話/13話

"生きて帰るんだ。何としても帰らなければ…その思いだけで生き延びてきました"

拉致当初、言葉も分からない、お金の価値が分からない、物の価値も分からない、おまけに知らない人たちに監視され、出かけることにも気を張っていなければならない状態は、精神的な負担をさらに重くしました。

めぐみさんと一緒の時は気を紛らわせることができましたが、1人になると誰にも逆らわず、ただ静かにひっそりと目立たないように過ごしてきました。

とにかく生きて帰るんだ、何としても帰らなければ…。その思いだけで生き延びてきました。

けれど組織から結婚をほのめかされ、断ることのできない状況にされてしまった時は、「ああ、私はここで生きていくしかないんだろう」と心が折れかかりました。
ですが、完全に心が折れることはありませんでした。

看護実習で現場に出る時のために母がローンを組んでまで買ってくれた時計があったからです。その時計を母だと思って、再会するまで生き抜こうと思いを強くしたのです。