明治初期から昭和40年代にかけ、町内には3つの炭鉱があり、石炭採掘が行われていました。

採炭の過程で地下水をくみ上げ排水していたことが、島の「水源」を枯渇させた原因の一つと考えられています。

土谷棚田では「水を大切に利用すること」が代々、引き継がれてきました。

滝元 勝さん:
「水の口って書いて“水口(みなくち)”というのがあるんですよね」

「水を稲刈りで落とす時は、こちらに落とすんです。(落とした水は)無駄にならないようにうちの田んぼに、また向こうにずっと落ちていく。
これを、もう何十年も、親の代、祖父の代、ひいおじいちゃんの代、ずっとさかのぼってしてたんです」














