努力だけでは消せないACEの爪痕

近年の脳科学や発達研究では、慢性的なストレス環境が子どもの脳や身体の発達に影響を与えることが分かっている。常に緊張状態に置かれた子どもは、「危険を察知し、生き延びること」に適応していく。その結果、感情調整や対人関係、社会生活に困難を抱えやすくなる場合がある。

喫煙や飲酒に頼る。他人との接触を避ける。「死にたい」と思い続ける――。一見すると「問題行動」や「弱さ」のように見えるこうした行為も、本人が苦しみの中で身につけてきた「生きるための戦略」だったともいえる。

つまり、「生きづらさ」は、本人の生まれ持った特性や性格、努力不足で説明できるものではない。

もちろん、ACEを経験した人すべてが困難を抱えるわけではない。逆境の中でも支えてくれる大人との出会いや、安心できる家庭以外の居場所があることで、その影響が和らぐこともある。しかし、そのような支えに恵まれる人ばかりではない。

にもかかわらず、日本社会には今なお、「18歳を過ぎたら自己責任」という空気が根強く残っている。依存症であれば「意志の弱さ」、失業や貧困は「努力不足」、対人関係の困難は「コミュニケーション能力の問題」と見なされやすい。

だが、本当にそうなのだろうか。

ACE研究が示しているのは、「人生初期の不利は、その後の人生に長く影響しうる」という厳然たる事実である。そして、その影響は、本人の努力だけで簡単に乗り越えられるものではない。努力するエネルギーすら奪われていたり、努力する術を学べなかったことも多い。

私たちが目にしている「生きづらさ」の中には、本人の意思や努力だけではどうにもならなかった幼少期の経験が、静かに横たわっていることがあるのである。