シベリア抑留に飢餓…敗戦で一変した家族の日々

与那原町で夫と暮らしている漢那節子さんの姉、83歳の稲福昌子さん。生まれは、日本がかつて中国東北部に建国した満州です。

両親は沖縄出身で、国家公務員だった父、安昌さんが満州に赴任。そこで昌子さんと妹の節子さんが生まれたのです。

稲福昌子さん
「戦争に負けると同時に父はシベリアに抑留され、負けてしまったので、中国・ロシア(旧ソ連)からの逆襲を受けて、食料品を奪われたり、いろんな生活用品を奪われて」
旧日本軍の謀略に端を発した満州事変によって、1932年満州国は作られました。当時国策により、多くの人が「満蒙開拓団」として日本から送られます。

しかし敗戦間際、旧ソ連が満州に侵攻。155万人とも言われる日本人が、あてもなく逃げ惑うことに。その際、24万5000人が戦闘や飢餓、集団自決などで命を落としたのです。














