「道連れにしてやろうとまで思った」
職場を変え、パートナーと同棲を始め、結婚もした。それでも止まらなかった。生活費を一切入れず、家庭内の金にも手をつけ、当時の職場であるキッチンカーから着服した。その後妻からはGPSで監視され、金銭管理も厳しく行われた。それでも「見られていない隙間」を探し、ギャンブルを続けた。
結局、妻との離婚が成立した。ネットカフェや車中泊を経て、実家にも「帰る場所はない」と言い渡された。そのときBさんの心に芽生えたのは、「両親の家を燃やして、道連れにしてやろうとまで思った」親への復讐心だったという。
しかし、周りの「ちゃんと向き合ってこい」という言葉に背中を押され、Bさんは母であるA子さんと共に東京の当事者会に参加する。そこで当事者で支援を行う人々から言われたのが、「君の場合は入院したほうがいい。止まらないよ」という一言だった。その日約30分の逡巡の末、Bさんは入院を決意した。














