殺害は「直前に計画中止で終わった」はずだった

 「父親の靖さんには精神疾患があり、社会から逸脱した行動をしてしまうことがあった。入退院を繰り返す父親に直樹被告と母は30年以上、向き合ってきた。そこに大久保被告が現れて『君たちの願いを叶えられる』と。迷いはあったが、この生活が何十年続くのかと考えて、“悪魔のささやき”が舞い降り、計画がすすんだという。しかし、いざ父親を運ぶ際に、母・淳子被告が『やっぱりやめよう、帰ろう』といい、大久保被告に伝えて了承された。これで終わったはずだった。」(弁護側の説明)

さらに続ける。

 「ただ少し、偶然、山本被告と淳子被告がその場を離れたすきに、大久保被告が靖さんを殺害した。大久保被告はかねてから高齢者の延命治療に反対していて、自分の判断で、老人を殺してみたくて実行した。山本被告は殺害の実行行為にかかわらず、その場にもいなかった。『事実は小説より奇なり』と言うが、これが事件の真相だ」と主張したのだった。

そして何度も、裁判員に語り掛けるように、こう言った。

「不確かなことで人を処罰することは許されない。『怪しい』『グレー』では有罪にはできず、疑問が少しでも残れば無罪とするのが刑事裁判のルールです」

 医師によるALS難病患者の嘱託殺人事件は社会的にも大きく注目された。その捜査の過程で発覚した10年前の「親殺し事件」。この後の公判には、靖さんの当時の主治医や淳子被告が出廷することになっていて、直接証拠のない「遺体なき殺人」は、今後どのように審理されていくのだろうか。