動く歴史遺産「168号」の驚くべき出自と希少性

五月晴れの長崎を走った「168号」は、普段、浦上車庫に眠る まさに“動く歴史遺産”です。長崎の街を元気に走る姿は、まさに115年の時を超えた奇跡の光景。半世紀以上前に定期運行を終えてなお、職人たちの手で大切にメンテナンスされ、今も走り続ける168号は長崎が誇る、生きた文化財です。

その車歴は波瀾万丈です。明治44年(1911年)に川崎造船所で造られ、北九州の「九州電気軌道(現在の西日本鉄道の母体)」でデビュー。

北九州市域や福岡市内線を駆け巡ったのち、昭和34年(1959年)に長崎電気軌道が譲り受けたという経歴を持ちます。

方向幕 いまはない「古町」行き
方向幕 いまはない「千馬町」行き
大改装前の168号
大改装前の168号

長崎へやってきてからは、昭和43年のワンマン運行開始まで第一線で活躍。その後は昭和48年頃まで朝のラッシュ時の増発用として街を走り、現在は記念日やイベント時のみ運行される特別な車両となりました。

大改装前の168号

現役最古の木造ボギー車であるこの車両「168号」には、随所に歴史の面影が残されています。

● スピードの記憶を宿す「大車輪」:
かつて西鉄時代にスピードが要求される《都市間電車》として運行されていたため、車輪の直径は「838ミリ」と、一般車両(660ミリ)に比べてひと回り大きく設計されています。

● 明治のモダンな「二段屋根」:
天井は、当時の最先端デザインであり採光にも優れた「ダブルルーフ(二段屋根)」構造になっており、明治時代を彷彿とさせる美しいデザインがそのまま残されています。
もちろん、明治生まれの車両ゆえに車内に冷房はありません。さらに、デリケートな木造車体を守るため「雨が降ったら運行中止」という厳しい条件もあります。

168号の運転席(後方との仕切りはなく運転手は立って操作する)
168号の運転席(後方との仕切りはなく運転手は立って操作する)

東京・大阪以外では初となるエアブレーキ車でもあり、現在は車掌が乗務する「ツーマン」でしか運行できません。

定期運行を終え、一度は一線を退いた168号。しかし、長崎電気軌道の「開通70周年記念事業」の一環として、昭和59年(1984年)大規模な改修工事が施されたことで運命が変わります。

この大改装では、現代の交通事情に合わせてブレーキや電気系統の安全性を最先端に高める一方で、屋根の木枠や車両の横木、天井などは、桜、松などの堅木を使って改修。ボディーカラーは誕生当時のあずき色、車内は明るくするためクリーム色、天井は白、シートはえんじ色でまとめ、外観や内装はあえて「明治・大正期のクラシックな姿」へと徹底的に復元されました。

木製の手動ドア

また職人たちの手によって手動式の木製ドアや、独特なY字型の集電装置(ビューゲルが大切に守られました。

それだけに、五月晴れとなった10日に、長崎の街を元気に走り、独特の木のぬくもりや、真鍮製のブレーキハンドルの鈍い輝きをファンに見せてくれたことは、まさに「奇跡のタイミング」と言えます。