かつて中学生時代にハンドボールの聖地・氷見で日本一に輝いた少年は、リーグ通算400得点を成し遂げるトップアスリートに成長を遂げた。すでに現役引退後のゴールは定めている。それは、スポーツ合宿所の経営だ。
(第3話・総集編/取材:島津有希)

「ここを見た瞬間に合宿所をやりたい」

氷見に来て4年目。現在は妻・優唯(ゆい)さんと、長女・陽葵(ひなた)ちゃん(3)、次女・桜都(おと)ちゃん(1)の家族4人で暮らしている。

左から妻・優唯さん、次女・桜都ちゃん(1)、庄司清志選手、長女・陽葵ちゃん(3)

庄司選手は「もともと子どもたちのために何かできひんかなって思っていました。家族4人で住む物件を探していたところにここを案内されました。物件を見た瞬間に“合宿所をやりたい”って。氷見での縁。子どもたちへの想い。そして自分自身の合宿経験…それぞれの『点』が、この家との出会いで一気に『線』に繋がったっていう感じですね」

次の舞台は、氷見市阿尾にある築50年の古民家だ。庄司選手は、コロナ禍以降、仲間と過ごす時間が減ってしまった子どもたちを見て、「短時間の指導では生まれない、共同生活だからこそ育つ成長の場を作りたい」と考えている。

同じ屋根の下に集まり、畳の上で雑魚寝をして、友達と他愛もない話で盛り上がる。そんな、自分たちが当たり前に経験してきた「賑やかな場所」を、今度は自分の手で作ろうとしている。

「氷見の空き家は全部見た」——辿り着いた先は、運命の場所だった

氷見市内にあるほぼすべての空き家を見て回ったと話す庄司選手。その中で「ここなら、かつて自分が体験したような合宿所が作れる」と確信し、購入を決めた木造2階建ての古民家。しかし、そこには本人も予想だにしない、さらなる「縁」が待っていた。

実は、その家は庄司選手が働く「トライ・プリント」の創業者・中村豊会長の実家だったのだ。

中村会長自身も、実家が売りに出されていることを知り「思い出の詰まった場所を買い戻すべきか」と深く悩んでいたタイミングだったという。そんな時、仕事にも熱心な社員であり、入社当初からアスリートとしても活躍する庄司選手から「ここで子どもたちのために合宿所を開きたい」という熱い想いを聞き「こんな良いことはない」と喜んで譲ることを決めた。

現在は7月のオープンに向けて着々と改修工事が進んでいる。

「雑魚寝」が絆を深める。最大35人が集える“青春の拠点”へ

改修が進む古民家は、最大35人が宿泊可能な本格的な合宿所へと姿を変えつつある。「子どもたちが同じ釜の飯を食べ、語り合う場所」を目指し、1階には約30人が一堂に会せる広々とした食堂を設置する。

一番広い16畳の和室には、新しい畳への張り替え工事が進んでいる。ここは10人前後が雑魚寝できるスペースだ。仕切りはそのままに、なるべく手を付けずに古民家の雰囲気を残した空間にしようとしている。2階にある和室や洋室を含めて最大35人が寝食を共にすることができる。

庄司選手は、合宿所としてさらに機能させるため、実用面でのアップデートも抜かりない。朝の混雑を避けるための洗面所の増設はもちろん、雪国・富山ならではの「サンルーム」も強い味方だ。毎日大量の汗をかく合宿では、洗濯が生命線。現役選手だからこそ気づく「合宿のリアル」が、設計の随所に活かされている。

また、同行するスタッフやマネージャーのために、鍵付きの個室を確保するなど安全面も徹底。選手としての経験と、親としての視点。その両方が、新しい「居場所」には注ぎ込まれている。

さらに、鍼灸師と柔道整復師の国家資格を持つ妻の優唯さんも協力し、民宿に常駐する。慣れない遠征での疲労や突然のケガにも適切な処置やケアができる。宿泊の利用がない日は、産前・産後ケアや訪問整骨院も予定している。

能登半島地震で歪んだ床、崩れた壁。古民家に「新たな命」を吹き込む

しかし、建物には能登半島地震の爪痕も残る。

ひび割れた壁、きしむ床。廊下を歩くと、地震で上下左右に動いた床の凹凸が感じられる箇所もある。

「1階の食堂を予定している部屋では、能登半島地震の影響で、液状化ではないけれど床下の地盤が柔らかくなって凹んでいる箇所があります」

安全を考慮したリフォームが必要だが、傷んだ古民家を一つずつ直して再生させる。それが結果的に、氷見の街に新しい人の流れを生むことに繋がればと考えている。震災という困難はあったが、彼は前を向き、一歩ずつ改修を進めている。

運営は地域との「チームプレー」。練習後の温泉と地元の味を合宿の目玉へ

お風呂も課題の一つだ。30人規模の合宿で家庭用のお風呂1つでは到底足りない。しかし、庄司選手は制約をむしろ逆手に取った。

「合宿が終わったあとに地元の大きい温泉に入るのも、この合宿の魅力かなって思います」

建物から車で5分の道の駅・番屋街に隣接する「氷見温泉郷 総湯」という温泉施設と連携し、練習後は、そこで疲れを癒してから帰ってくる流れを作るという。ないものをどうするかではなく、ないものを魅力に変える発想だ。

食事も同様だ。約30人分の料理を一人で作り続けることを考えたとき、元チームメイトでもある森康陽コーチの提案で地元の仕出し屋「かなば」(高岡市)に依頼するアイデアが浮かんだ。富山ならではの食材を使った栄養満点の料理を、地域のつながりで提供する仕組みだ。

クラウドファンディングで地域を巻き込む

「自分一人で作るんじゃなくて、皆さんと一緒にこの場所を作り上げたい。3月20日にクラウドファンディングを始めました」

            5月7日時点のクラウドファンディング

融資にも限界がある中で、庄司選手はクラウドファンディングを立ち上げた。改修費用の調達だけが目的ではない。「こういうことをします」という周知も兼ねて、地域を巻き込む試みだ。

リターンには氷見ならではの昆布締めの詰め合わせ、氷見豚のソーセージやベーコンの詰め合わせ、オリジナルTシャツ、民泊庄司オリジナルタオルなどが用意されている。すべて地元の事業者との連携から生まれたラインナップだ。

「氷見は魅力の手札がいっぱい」移住者が語る、聖地のポテンシャル

「地元の方はよく『氷見には何もない』とおっしゃるのですが、県外から来た私にとっては魅力の宝庫なんです。魚の美味しさや海の美しさはもちろん、山菜が採れる豊かな山もある。氷見牛や氷見豚などの農業、さらには芸術や音楽イベントも盛んです。そして何より、スポーツ。ハンドボールがあります!」

「氷見は『消滅可能性自治体』の一つに挙げられていますが、これほど魅力的な手札を多く持っている場所は珍しい。伝え方を少し工夫するだけで、移住・定住する人はもっと増えるはずだと確信しています」

「また、物件を探す中で感じたのは『空き家の可視化』という課題です。ネットで検索しても30軒ほどしか出てきませんが、実際にはもっと多くの空き家が存在しています。固定資産税を払いながら、県外の親族が所有権を持ったまま眠っている物件が少なくありません」

「こうした状況を改善し、移住希望者にスムーズに空き家を提供できる仕組みが整えば、人口減少を食い止める大きな一歩になるはず」

庄司選手が掲げる「スポーツの力で氷見を元気に」は、もはや一人の引退選手の夢に留まらない。被災した空き家に新たな命を吹き込み、地域の事業者と手を取り合う。その一歩一歩が、氷見の未来を照らす確かな「チームプレー」となっている。