人生が拓けた吉備高原での日々

間野さんが変わるきっかけとなった吉備高原希望中学校です。東京や大阪など全国から集まった生徒が、学びと生活を共にしています。

笑顔の絶えない毎日ですが、多くは不登校やいじめなど、地元の学校に馴染めなかった過去があります。

(植田剛也さん(当時中3))
「人と話すのが苦手だったんですけど、話をしていたほうが、人の気持ちとか考える機会も増えるし」

(大橋政生さん(当時中3))
「人ともほとんど話をせず、家で愚痴を言っていた。会話ができるようにして、今後の社会に出るときに生かしたいから来ました」

学校が大切にしているのは学級活動です。音楽で自分を表現する学級。

地域の人と交流する学級。

そして、ものづくりに打ち込む学級。自ら選んだことに真剣に取り組みことで自分らしさを育んでいきます。

(植田剛也さん(当時中3))
「途中でここ難しいな、やめようかなということがよくあったんですけど、そういうのがなくなって最後までやり切れるようになった」

(吉備高原希望中学校 平松裕史校長)
「入ってくる時は自己肯定感が低いお子さんがいます。小さな小さな積み重ね、成功体験、達成感。そういったものがどんどん自分の自信へと繋がっていくのではないかと」

間野さんが希望中学校に入ったのは2年生の秋。所属したものづくりの学級で、「つくること」への関心を深めていきました。

そして、卒業後は、兵庫の全寮制高校を経て、京都の芸術大学でデザインを専攻。いまの仕事へとつなげていったのです。

(間野凛太郎さん)
「ものを作っていたという。過去の事実というか、その部分が一気には燃え上がらせないけど、ちょっと薪を足して、火を継続させていく感じで。自分の足場にずっと積もっているものなので」














