伝説的な指導者たちと過酷なバス遠征の背景
私も中学、高校の部活動でサッカーをしていました。特に強豪校ではなかったので、バスでの遠征ということはありませんでした。遠征といえば、長崎・国見高校サッカー部の監督だった小嶺忠敏さん(2022年1月に76歳で死去)を思い起こします。自らマイクロバスのハンドルを握って全国各地に遠征して強豪校と試合をし、全国高等学校サッカー選手権大会で通算6回の優勝を果たすまでに育て上げたことはよく知られています。
これに感化されたのが青森山田高校の元監督で、現在J1町田ゼルビア監督の黒田剛さんです。1987年の夏、北海道で全国高校総体(インターハイ)が開催されたとき、黒田さんは登別大谷高校2年で、大会前に練習試合で国見と対戦しました。
そのときに、小嶺さんがバスで長崎から北海道まで来たのに衝撃を受け、「こんな情熱を持った監督に教えられる選手は幸せだ」と憧れて、青森山田のコーチに就任した1994年に大型免許を取り、自らハンドルを握って全国各地を回りました。
黒田さんが負けず嫌いなのは有名ですが、バスの走行距離でも小嶺さんに負けたくないと、夏休み1か月間で運転した距離が7200キロを超えていたというのです。日本からアメリカ西海岸まで行ける距離です。そして青森山田は全国高校サッカーでの優勝を4回も重ねています。
これらはいまや伝説のようになっているのですが、監督やコーチはただでさえ重労働で、練習試合であれば自分の試合が終わったあとに審判を務めたり、選手や試合相手にも気を遣ったりと、選手以上に疲れ切ってしまうのです。さらにその後に、大事な選手の命を預かって緊張して大きな車を運転するのですから、その身体的・精神的負担は想像を絶するといえます。
そこまでしてバスで遠征したいと思うのには、主に二つ理由があります。 一つはいわゆる地域格差です。 サッカーに例を取ると、今でこそ地方都市にもプロチームがあって、全国大会で入賞するようなチームがありますが、かつては長崎や青森といった地域では周辺に強豪校がなく、東京や埼玉、静岡といった地域に遠征しなければ、強いチームと対戦できませんでした。
情熱のある指導者は、選手を強豪と対戦させたいと思いますし、名前を売りたいという気持ちも起きます。九州や東北に帝京高校や静岡学園はわざわざ来てくれませんから、こちらから行くしかないのです。今回の事故での競技はソフトテニスでしたが、別の競技でも同じような状況はあるのだと思います。
もう一つの理由は遠征費の問題です。実はこれが大きいのです。 修学旅行や遠足など学校の公的な行事の場合には、プロのドライバーが運転する貸し切りバスが使われます。料金は高くなるのですが、公的行事ということでしっかりと予算化され、生徒らの安全も確保されます。
一方で、部活動は「自主的な活動」ですので、リスク管理が現場に任せがちになるうえ、予算の都合もありますから、指導者自らが運転したり、レンタカーを使ったりして費用を安く済ませることにつながるわけです。














