浮かび上がってきた富雄丸山古墳の被葬者像
3枚の鏡や巨大蛇行剣などが見つかった「造り出し」に葬られた人物と、墳頂部の被葬者の関係はどのようなものだったのか。
大阪大学の福永伸哉名誉教授は、3枚の鏡が大型のものだったことから、こう推測する。

大阪大学 福永伸哉 名誉教授
「造り出しの埋葬施設からは、直径20センチを超えるような大型の鏡が出てくることはまずない。今回の場合はそれが3枚あった。普通の造り出しの埋葬からすると、常識外れの素晴らしいものを、墳頂部の被葬者から蛇行剣や盾形銅鏡とともに、選りすぐりの宝物を分けてもらった(墳頂部の被葬者の)秘書官のような存在、あるいは腹心のような存在を裏付ける非常に重要な情報ではないか」
一方、木棺の中からは3枚の鏡のほかに、9つの櫛しか見つからなかったことから、被葬者について、鐘方所長は...

奈良市埋蔵文化財調査センター 鐘方正樹 所長
「(木棺の中に)鉄製の武器・武具が一切入っていないので女性的な感じがします。上(墳頂部)の被葬者が男性、こちら(造り出し)は女性、おそらく女性は呪術的な役割、墳頂部の被葬者は政治的・軍事的な役割を担っていたのではないか」
3枚の鏡の発見によって浮かび上がってきた富雄丸山古墳の被葬者像。その研究はいまも続いている。
富雄丸山古墳の調査は最終段階を迎えていた。クレーンで吊り上げられているのは、金属の枠で補強された木棺だ。

木棺が斜面での農作業などに使われる機械に乗せられ搬出された。2026年4月には、半年以上かけて薬品を染み込ませる保存処理が始まった。

奈良市埋蔵文化財調査センター 鐘方正樹 所長
「あと10年若ければ、私が全部掘って(古墳の)整備までいけたんですけどね。掘って終わりじゃないですからね、掘った先がずっと続いていきますからね。若い人に継いでいってもらわないと、考古学の調査が成り立たなくなってしまう」
こうして7年間に及ぶ富雄丸山古墳の調査が終了した。














