3枚の鏡が明らかに「製作年代」に400年の幅も

1号鏡は現場で言われていた通り、三角縁神獣鏡。古墳の発掘調査で見つかるのは、実に13年ぶりとなる。

研究者を驚せたのが2号鏡の虺龍文鏡。逆S字型の文様が特徴的で、これまで国内で40枚が出土しているが、最も大型のものであることがわかった。

1番下にあった3号鏡は画像鏡と判明。神や龍などが精巧に表現されている。

いずれも中国製とみられ、直径20センチ前後、古墳から出土したものとしては最大級となる。先に出土した鼉龍文盾形銅鏡と、4枚でセットと考え、それぞれの「製作年代」に注目すべきだと、橿原考古学研究所の岡林孝作学術アドバイザーは話す。

奈良県立橿原考古学研究所 岡林孝作 学術アドバイザー
「1号鏡は三角縁神獣鏡で3世紀に魏でつくられた鏡。1番下から出ている3号鏡は2世紀に後漢でつくられた鏡。真ん中の2号鏡は非常に古くて、紀元前1世紀から紀元前後くらいにつくられた前漢の鏡です。鼉龍文盾形銅鏡は4世紀に日本でつくられていますので、全体で合わせると400年くらいの時間幅がある。非常に時間差の大きい鏡で構成されている」

最も古い2号鏡の虺龍文鏡は、富雄丸山古墳が築造されるより400年も前に中国で作られたという。富雄丸山古墳に副葬されるまで、どのような経路を辿り、どこで保管されてきたのか。3枚の鏡の発見はヤマト王権と鏡の関係に新たな謎を投げかけることになった。

また、3枚の鏡があった木棺では内部の土から骨などの成分が検出されたものの、被葬者に直接つながる情報はなかった。