「落としの熊﨑」に見せた責任者の涙と後悔
猪狩の脳裏には、「さすがクマさんだな」と強く印象に残る場面があった。
当初、局側は一貫して「番組作りは信頼関係が大事、制作会社がこんなことをするとは思いもよらなかった。自分は全く知らなかった」と言い張っていたという。だが猪狩らは、それを「保身に走っている」と受け止めた。
そこで外部調査委員長の熊﨑は、自ら責任者と向き合い、静かに語りかけた。
「立場はよくわかる。辛いのは君だけではない。今、関西テレビ全体の自浄作用が問われている。それにこたえる責任が君にはある。真実を語ってほしい」(「激突」猪狩俊郎)
説得は1時間以上に及んだ。やがて、頑強に責任を否定していた責任者は大粒の涙を流し、不正の見逃しを認めた。
「忙しくて制作会社に任せ切りになってしまい、注意が行き届かなかった」(同書)
東京地検特捜部で数々の大物政治家を自白させた「落としの熊﨑」の本領が発揮された場面だった。遡る1992年の共和汚職事件。熊﨑が収賄に問われた阿部文男元衆院議員から引き出した供述はあまりにも有名だ。
「選挙のたびに借金がかさみ、泥棒してでもおカネが欲しかった」
政治家が、資金集めに追い詰められた胸中を吐露した言葉だった。
また1993年、「キャピトル東急ホテル」の一室で、“政界のドン”金丸信元副総理と向き合い、巨額の不正蓄財を認めさせた一言は今も語り継がれている。
熊﨑「金丸先生、大人のままごと遊びはやめましょう」
猪狩にとって、関テレ責任者の「自白」は、そうした「割り屋の熊﨑」を思い起こさせるものだった。
「最初は明らかに保身の態度をとっていた関テレの責任者が、途中からクマさんの前で涙をぼろぼろ流しながら、自分が悪かったと謝罪した」(猪狩)
外部調査委員会の調査結果を受け、関西テレビは3月28日午後10時から15分間にわたり、放送法に基づく訂正放送を行い、視聴者に謝罪した。
4月3日には千草宗一郎社長が引責辞任。4月19日、日本民間放送連盟から1年間の除名処分を受ける。民放連への復帰が認められたのは、約1年半後の2008年10月だった。
同社が受けた打撃はあまりに大きかった。














