読売巨人軍選手の「野球賭博問題」が発覚
しかし、熊﨑がNPBコミッショナーになると、まさかの事態が待ち受けていた。
「統一球問題」が収束した矢先の2015年、今度は読売巨人軍選手による「野球賭博問題」が勃発する。暴力団排除の取り組みから約10年が経過し、改革は順調に見えていたが、「闇の勢力」は、なお選手たちの周辺に影を落としていたのだ。
熊﨑はある男を調査委員長に起用した。
検察時代に“熊﨑軍団”で多くの事件を手掛けてきた腹心の元特捜検事、大鶴基成弁護士(32期)である。
大鶴は1993年の「ゼネコン汚職事件」で、当時の茨城県知事の取り調べを担当し、ワイロ受け取りの供述を引き出した「割り屋」として知られる。
野村証券・第一勧銀の総会屋事件、大蔵省接待汚職、日歯連事件など捜査の中核として関わり、東京地検特捜部長としては「ライブドア・村上ファンド事件」を手掛けた。
最高検検事、東京地検次席検事時代は小沢一郎氏をめぐる「陸山会事件」の対応にあたった。
弁護士転身後は日産自動車のカルロス・ゴーン元会長の代理人も務めた。
大鶴は自ら野球賭博に関与した当事者や関係者らへの聴取を行うなど、特捜検事さながらの本格的な厳しい調査を続けた。
調査の結果を受けて、熊﨑は読売巨人軍の3選手を「無期失格処分」として、球団は当該選手との契約を解除。さらに、管理体制の不備を理由に、球団に対して1,000万円の制裁金を科したのだ。
「野球賭博」で選手が処分されたのは、1969年に西鉄などの選手が処分された「黒い霧事件」以来のことだった。
この事件は西鉄ライオンズの選手らの八百長事件関与が発覚し、4人が永久失格処分を受けた。東映や中日などプロ野球のスター選手と暴力団員との「黒い交際」も相次いで表面化。西鉄のオーナーが辞任するなど世間に衝撃を与えた。














