「平和国家」を掲げてきた日本の武器輸出の変遷
第二次世界大戦で敗れた日本は「平和国家」を目指す方針を掲げてきました。

終戦直後は日本を占領していたGHQによって武器の製造が禁止されましたが、1950年に朝鮮戦争が始まるとアメリカ軍の弾薬などを作り始めました。しかし、ベトナム戦争の反戦ムードが高まった1967年、佐藤内閣は「武器輸出三原則」を定め、旧ソ連など共産主義国への輸出を禁止しました。

さらに1976年の三木内閣は、すべての国への武器輸出を禁止しました。大きく変わったのが2014年の第2次安倍内閣です。「救難」「輸送」「警戒」「監視」「掃海」の戦闘に関わらない5つの類型に限って輸出を解禁したのです。
ただし、輸送機や監視レーダーなど、直接人を傷つけない装備に限られていました。今回、高市政権がこの5類型という縛りを撤廃したことで、あらゆる武器が原則として輸出できるようになったのです。














