晩成社を率いる依田勉三「豚とともに私たちも頑張る」

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帯広百年記念館 大和田努学芸員
「こちらが晩成社の3幹部。1885年(明治18年)頃から豚を飼い始めたという記録がある」

明治の頃、十勝地方を開拓した依田勉三率いる晩成社。彼らが、豚を持ち込んだことが養豚の始まりだ。

当時、牛は牛乳、馬は農作業の動力で、貴重なタンパク源として食べられたのが豚だった。

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帯広百年記念館 大和田努学芸員
「依田勉三が『開墾の初めは豚とひとつ鍋』という句を残している。『豚と同じようなものを食べながら、私達も頑張る』というエピソードとして伝わっている」

豚肉は、過酷な開拓を支える貴重なスタミナ源だったのだ。では、いつ『豚丼』へと進化したのか?調査は、ついに『始まりの一軒』にたどり着いた。

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帯広百年記念館 大和田努学芸員
「豚丼は今も続く『ぱんちょう』が発明した語り継がれている」