被爆から49年後の衝撃 爆心地だったかもしれない自宅
被爆から49年後、長崎原爆にまつわる新たな事実が報じられます。

あの日、視界不良で第一目標だった小倉に原爆を投下できなかったB-29が次に投下を目指したのは、長崎市の中島川にかかる常盤橋と賑橋付近だったのです。

そこはまさに、岩永金物店のある場所でした。

岩永さん:「近所の者で、ええっ、あそこが、中心だった、ええっ」

あの日、仕事に行きたがらなかったのを、母親になだめられ家を出たとされる嘉代子さんー。

動員先に行かず、爆心地だったはずの自宅近くにいた自分ー。
その頭上にかかっていた雲ー。

嘉代子さんら雲の切れ間にいた友人たちー。

生と死を分けたものは何だったのかー?
こたえが見つかることはありません。














