“母の犠牲”の上に成り立つ「在宅」への迷い

当時、新型コロナウイルスの影響はまだ医療現場に残っていて、病室での面会は厳しく制限されていました。
入院生活を持て余した父は、日に何度も母へ電話をかけ、「本を持ってこい」「シェーバーがない」と、わがままとも取れる言動を繰り返すようになりました。

死去の2年前 最後の夫婦旅行 (2022年) ※画像を一部加工しています

退院後も、父のストレスの矛先は一番身近にいる母へと向かいました。
かつては優しかった父が、母に対してだけは日に日に言動が厳しくなっていく…。友人とのランチすら遠慮し、家で父の世話に明け暮れる母のやつれた姿を目の当たりにした私は、「この生活はいつまで続くのか。いつか母まで倒れてしまうのではないか」という恐怖を常に抱いていました。

危機感に背中を押されるようにして、母や妹がケアマネジャーに相談しました。
幸いにも、ケアマネジャーの親戚がいて、「身内」という安心感もあり、介護サービスの利用を検討し始めたのです。