「対馬丸だけではない」「戦後処理はまだ終わっていない」遺族の思い
海底から回収したものの分析結果が出た。

パレオ・ラボ 森将志さん
「これが木材です。これが海底の堆積物になります」
引き揚げられたのは、対馬丸の一部とみられる木材に、鉄、海底の砂だった。残念ながら、砂の中から骨の成分は見つからなかった。
そして2026年3月26日。
海底から収集されたものが、沖縄県の「対馬丸記念館」へと引き渡された。

髙良政勝さん(85)
「本当に感慨深いものがありますよね。長い間、ごめんなさいという感じです」
生きた証を待ち望むのは髙良さんだけではない。
太平洋戦争中、船舶への攻撃で犠牲になった船員は6万人以上にのぼる。その多くは、今もどこに沈んでいるのか、詳細は分かっていない。

髙良政勝さん(85)
「対馬丸だけじゃなくて、他の船の疎開者が生存している限り、慰霊はやってほしい。国が戦後の処理をしないといけない。戦後処理はまだ終わってないと思う」














