除染土の受け入れは正しかったのか…続く自問
日下部レポーター
「長泥地区への入り口です。ちょうどここには頑丈なゲートがありましたが、今は完全に取り払われています」
長泥地区の避難指示が解除されたのは、飯舘村で最も遅く2023年5月1日のこと。
いま長泥はすっかり姿を変えた。商店も家屋もほとんどが解体された。巨大なプラントは完全に撤去された。黒いフレコンバッグの山も消えた。

2024年、鴫原さんは更地になった自宅の土地に小さなプレハブを建てた。「長泥を訪れた人が集まる場所を作りたい」。井戸を掘り、水を確保した。
9畳ほどの部屋に全国から研究者や知人たちを招き、飯舘牛を振る舞う。何より長泥の記憶がほとんどない孫たちが来ることが嬉しい。
鴫原良友さん
「孫が来てここでバーベキューやったり花火をやったり」
鴫原さんは福島市内に自宅を購入していて、長泥に戻ることは現実的ではないと考えている。将来、子や孫たちが別荘感覚で訪れてくれたらと話す。
日下部キャスター
「落ち着きますか?ここは」

鴫原良友さん
「全然違うよ。60年いたんだもん。ここにくると全然空気も違うし、すごく安らぐっていうの落ち着くっていうか、すっとするもの」

区長として苦渋の選択をした再生事業の受け入れ。ここで栽培された作物は検査の結果、安全性が確認された。2027年にも田植えが再開されるという。
鴫原良友さん
「科学的には安心安全というけれど、これは気持ち次第だからな」
育てた作物で生活を支えることは出来るのか。除染土を受け入れたことは正しかったのか。鴫原さんはいまも自問している。

鴫原良友さん
「放射能を入れるというのは並大抵ではない。良いとか悪いとか言われるのが一番きつい。正直言って、正しいとか悪かったとか判断出来ないもの」














