飯舘村で唯一「帰還困難区域」に 故郷消滅の危機に「苦渋の選択」

飯舘村の南部に位置する「長泥地区」。村で最も深刻な放射能被害を受けた場所だ。
原発から吹き上げられた放射性物質は風に乗り、長泥上空で雨や雪となって降り注いだ。
私たちが当時の長泥区長・鴫原良友さん(当時60歳)と知り合ったのは原発事故の1か月後、全村避難が決まった頃だ。

鴫原良友さん
「全然恩恵を受けているわけではないし、電気だって全部東京に送っているんだから、何で40キロとか30キロ以上離れたところまで迷惑かけるのかな」
自宅周辺の放射線量は高い数値を示した。
日下部キャスター
「30振り切れちゃいました。60マイクロシーベルト」
線量がとりわけ高い長泥は、飯舘村で唯一「帰還困難区域」に指定された。地区の入り口にはゲートが築かれ、出入りは厳しく制限された。
本格的な除染が始まっても、長泥だけは放置された。このままでは長泥が消滅してしまう。住民の危機感は募った。
事態が動いたのは事故から7年後のことだった。
日下部キャスター
「長泥地区の復興について話し合う緊急の集会が始まるということで、地区の人たちが集まってきています」

荒れてゆく長泥を放っておくわけにはいかない。鴫原さんは住民との議論を重ね、居住区域の除染と引き替えに国が主導する再生事業を受け入れた。
放射能に汚染された土を詰めた黒いフレコンバッグの山。再生事業では再利用によってその量を減らすことを目指す。村中から大量のフレコンバッグが運び込まれた。
巨大なプラントでは除染土の仕分けが行われた。高濃度の土は福島第一原発近くの中間貯蔵施設へ。
そして長泥では低濃度の土を使った再生実験が行われた。放射能が漏れないよう除染土を一般の土ですっぽりと覆い、栽培した農作物に放射能の影響があるかを調べるのだ。

鴫原良友さん
「苦渋の選択よ。何もしないで荒れた状態で戻されるという考えがあったもんで、出来るだけ広く綺麗にしてもらいたいという苦渋の選択をしたわけ」














