300人孤立の病院の“SOS” ラジオで救助・支援物資呼びかける

太平洋沿岸を襲った巨大津波。市街地が濁流に飲まれ、高台や建物で孤立する人たちが相次ぎました。

藤森キャスター(2011年)
「屋上のSOSの文字の横で、人が手を振っています。旗を振って救助を待っています」

宮城県岩沼市の南浜中央病院も一帯が浸水し、一時約300人が孤立しました。あれから15年。

南浜中央病院 高階憲之 院長
「“SOS”と書いて…」

藤森キャスター
「私の記憶では2か所に文字が書かれていて」

高階憲之院長が当時、陣頭指揮にあたりました。

職員が患者らを2階以上に避難させた矢先、1階に津波が押し寄せました。

病院は土砂や瓦礫でまみれ、駐車場に止めていたバスも流れ着きました。

職員
「あ、あれ自衛隊(のヘリコプター)じゃないですか。助けて!」

周囲の道路が寸断され、孤立する中、職員は屋上に石灰をまいて“SOS”の形をつくり、高階院長はラジオを通じて助けを求めました。

そのラジオの音源が残されていました。

当時のラジオ音声(tbc提供)
「水・食料がなく、医薬品もありません。入院患者の救助をお願いします。院長の高階さんからいただいています」

南浜中央病院 高階憲之 院長
「(患者のために)なんとか発信しなくちゃという気持ちがあった。“患者が無事です”ということを伝えなくちゃという思いだった」

停電の中、3日間孤立しましたが、病院にある物資をかき集めるなどして生き延び、約200人の患者は全員無事でした。

震災のあと病院は、地震や津波を想定した訓練を繰り返すなど、着実に備えを進めています。

南浜中央病院 高階憲之 院長
「15年経つ中でうちの職員も、震災経験者が27%に下がってきている。地元だけだとどうしても風化していく。他との関連の中で、支援する側・受援される側がどうなのか、(訓練などを通じて)経験を積み重ねていくのがとても大事」