小学校校庭に“SOS” 食料と毛布求める

宮城県南三陸町にある志津川小学校。11日朝、児童たちは校庭に集まりました。

そして、目の前に広がる海に向かって黙祷を捧げました。

15年前の東日本大震災では…

藤森祥平キャスター(2011年)
「ヘリポートを作ってSOS。毛布1000枚を待っている。そして食料、水1000と白いラインをひきました」

津波が押し寄せ、高台の小学校は“陸の孤島”に。職員らが上空のヘリコプターに助けを求めました。

校長の河原正樹さん。当時6年生の担任で、掃除の時間に地震に襲われ、海からは津波が押し寄せていました。

志津川小学校 河原正樹 校長
「子どもたちに津波が見えないように、安全な校庭の中央に避難した。その日は町は壊滅状態でした。家族の方が、両親が亡くなった子もいたので、(児童の)引き渡しも困難を極めた。1週間ぐらいかかったと思う。全員引き渡すまで」