岩手県釜石市の宝来館と中継をつないでお伝えします。
中継の後半では、2人のゲストにこれまでの15年間の歩みとこれからの復興について話を聞きます。

井丸キャスター
釜石市鵜住居町にある宝来館からお伝えします。
ここからは女将として震災からの復興の道を歩み、現在は顧問として施設を支える岩﨑昭子さんにお話を伺います。
宝来館には2階部分まで津波が押し寄せ、岩﨑さんも津波にのまれました。
当時のことを改めて振り返っていただけますか。

宝来館顧問 岩﨑昭子さん
「3月11日の地震が大変体験したことのない地震だったので、みんな駐車場に集まって、今日は山に逃げようと一度みんなで山に逃げました。そして山に逃げた後に宝来館の駐車場に皆さんは集まられていたので、迎えに降りました。誘導してる時に(津波に)飲まれたという経験をしました。でも私が今後悔しているのは、山に逃げようという時に、山に逃げる人間と帰る人間に分かれたということがありました。ここ(宝来館)から帰ったスタッフと、亡くなったスタッフもおりました」

井丸キャスター
「その中で岩崎さんご自身は急死に一生を得て、そしてこちらの施設は避難所として、多くの被災者の方々受け入れました。その時を振り返ってみていかがでしょうか」

岩﨑さん
「避難所をさせていただいたことで、その時の大変さとか、悲しみというんですかね。みんながここにいることで救ってもらったという風に思ってます。 夜3、4人、次の朝から90人、120人って皆さんが集まってくれるんですが、その経験が宿を継続しようという始まりだったと思います」

井丸キャスター
「そんな岩﨑さんが今も力を尽くしているのが、震災の教訓を伝える取り組みです。岩﨑さんの思いは、震災後に生まれた世代にも受け継がれています。3月11日を前に10日、市内の釜石東中学校では、震災の教訓を語り継ぐ全校集会が行われました。その後に行われたのが岩﨑さんも参加した『いのちの学習』です。
授業では、2年生が1年かけて学んだことをもとに次世代に伝えたいことを漢字1文字で表し、発表しました。岩崎さんが改めてこれからの世代に伝えていきたいことは何ですか」

岩﨑昭子さん
「昨日の子供たちは2011年生まれの子たちで、15年経ったあの子たちのメッセージが、『これからの15年頑張る』っていうメッセージだったんです。 新しく今から頑張ろうというメッセージをもらって、このふるさとをこの子たちが作ってくれてるという思いでおりまして、とてもありがたいなと思います。 根浜海岸は年に4回も中学校の子供たちが海岸清掃などをしてくれているので、ふるさとを一緒に作ってくれる仲間だなと思ってます」

井丸キャスター
「これからのことを一緒に考えていきたいですよね」

岩﨑さん
「そうですね。未来、任せます」