谷川俊太郎さんも魅了

永瀬さんの作品に詩人、谷川俊太郎さんも魅了されました。
(谷川俊太郎さんによる永瀬さんの詩の朗読)
「イトハルカナル海ノゴトク
我ハ渝(カハ)ラヌモノニシテ
微生物ノタゞヨフマゝ二
我ガ内ニ光ルモノアリ消エルモノアリ」
(谷川俊太郎さん)
「たとえば微生物という言葉を含みながら読む人間の気持ちを高揚させるような調子のある詩。僕はもっと趣味的な詩を書いていたものだから一種自分が鞭を打たれる感じで読んでいた」

晩年までみずみずしい作品を生み続けた永瀬さん。
亡くなったのは、1995年2月17日。梅の季節でした。
命日は「紅梅忌(こうばいき)」と呼ばれ、いまも多くの人が集います。
(永瀬清子生家保存会 横田都志子理事長)
「昨日書いた詩だよといわれてもそうと思うぐらいまったくどこも古びてない。人間の生き方の本質を問うて書いているから古びないんだと思う」
(奈良の女性)
「励まされるというよりも心が弱くなったときにもっとできるでしょうと突き放されるというか突き飛ばされてはってなるような詩だと思います」
今年は、松本清張や遠藤周作を輩出したことで知られる「三田文学」編集長などを歴任した批評家の若松英輔さんが招かれ、永瀬さんを偲びました。
(若松英輔さん)
「誰だって詩人になれるんだっていうのが永瀬さんの確信だったと思うんです。詩壇と呼ばれてる、特別な世界の占有物じゃなくて、ほんとに人々に開かれたものなんだってことに、もう一回詩に命を与えてくれたのがやっぱ永瀬さんじゃないかって。永瀬さんの詩ってのは誰にも似てませんでしょう。とっても独特な世界」















